あなたの“物語”を呼び起こす

新型コロナウイルスの影響はすさまじく、当館も2ヶ月近い臨時休館を余儀なくされました。
開館して22年が経ちましたが、私(難波真実)が知る限り前例のないことです。
私はまだ7年足らずの経験ですが、臨時休館はたった2度。
1度は、勢いの強い台風が上陸し、旭川を含む上川盆地を直撃して、当館が立つ見本林のストローブ松が1本、目の前で倒れたとき。
危険があったので、半日程度、休館しました。
2度目は、2018年9月。北海道胆振東部地震のとき。
北海道全体が停電し(ブラックアウト)、開館できず、1日休館しました(翌日に復旧)。

今回は、4月17日から6月5日、ほぼ2ヶ月です。

その間、様々な対応や業務に追われましたが、私の心に突きつけられたのは、
“こんなとき、文学は何ができるのだろう?”ということでした。

実は、少し前にも同じ思いがこみ上げてきて、辛かったのをまだ覚えています。
それは、福祉施設での惨殺事件のときでした。そして、小学校近くのバス停で起こった事件も。

“何が、あの人をそこまで苦しめたのだろう”
“文学には、何ができるのだろう”と、考え続けました。

もちろん、答えは簡単には出ません。しかし、考え続けずにはいられませんでした。
そして今回。またもや突きつけられているような気がします。

“不要不急”という語句が飛び交い、文学館という施設は、まさにその範疇に入ってしまっているかのような錯覚を覚えました。
図書館も閉まり、書店もシャッターをおろしました。
一方、オンライン環境の必要性は否応なしに高まり、電子書籍を読む人は増えたのかもしれません。
それであれば、少し救われた気がします。

突如、室内で過ごす時間が増え、しかし、そこに本がある、いや、ない。
その違いは相当に大きいのではないか、そのように思いました。
本、といっても、いろいろありますが、私が指し示したかったのは、
“いま、読みたい本”であり、“今こそ読みたかった本”です。
つまり、心が渇いた、そのときにこそ読みたかった本ということです。

殺伐とした空気が流れ、始終、だれかから監視されているような気配に包まれている時間。
モニターをオンにしても、あるいはオフにしても、「あ、こういう方法もあるのか」という率直な感想以外に、
“だれかとしっかりつながっている”という実感の乏しい体験だけが積み重なっていく、日常。

世界中を埋め尽くす不安と心配、見通しの立たない恐怖。
足元がぐらつき始めた暮らし。
だれかのせいにするしかない情けなさ。
いつ加害者になるか、被害者になるかわからない緊張。

これらの要素を、独りで抱え込まなければならない重圧に苦しみながら、
人は本当に生きていけるのだろうか。

もちろん、暮らしのことが現実的に解決しない限り、生きてはいけません。
けれども、人として、心が苦しみで痺れてしまっては、そもそも立ち上がることができないのではないか、そのようにも思います。

だれかの励ましを必要としている、支えがほしい、そのような状況で、
文学が何かできるのだとしたら、
大切に大切に、心にしまっておいた、懐かしい情景、匂い、声、手触り、味を思い出させることなのではなかろうか、
「ああ、よかった」とからだの奥底から湧き出てくるように思えたあの瞬間を蘇らせることなのではないだろうか、そう思いました。

それは、だれかにとって、草むらにひっそりと咲いていた一輪の花かもしれないし、
幼い頃に散歩していて、工場の前を通り過ぎたときに嗅いだ、鉄が焦げる匂いかもしれないし、
悲しくて悲しくて涙がとまらずに、それでも前を向いて見上げたときに目に入った、山並みかもしれないし、
親に連れられて歩いたときの、空いた手で撫でた、だれかの家のブロック塀のでこぼこかもしれない。
あるいは、叱られてめそめそしていたときに、すっと差し出された卵焼きの味や、
不安で不安で仕方がなかった、病院の待合の椅子で、ずっと見つめ続けた床の模様かもしれない。
「いま、ここで何してるんだろう?」と我に返ったときに、「あ、もう、こどもじゃないんだ、私の人生なんだ」とはっきり目覚めたときに流れてきた音楽なのかもしれない。

べつに、失くしていたとは思わなかったけど、心を取り戻すって、こういうことなんだなと思える瞬間。
それが、文学がもたらす1つの大切な力なのかもしれないと思うのです。

今を生きているという実感、明日が来ると思えるささやかな期待、
本質的にはひとりだけど、でも、ひとりじゃない、と感じられる温もり。

文学は、私を生かす物語なんだ、そう思っていただけるのなら、こんなにうれしいことはありません。

文学館は、そんな一人ひとりの物語を呼び起こすお手伝いを、これからもしていきたいと願っています。

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